- 伊藤 晃太
- フロンティア研究領域 伊藤研究グループ
工学系研究科 電気工学専攻
- 西川 和孝
- フロンティア研究領域 伊藤研究グループ
理学研究科 物理学専攻
- 池田 太郎
- 機械1部 パワトレシステム研究室
工学研究科 ナノメカニクス専攻
- 池内 暁紀
- ヒューマンサイエンス研究領域
ゲノムエンジニアリングプログラム
生命農学研究科 分子生物学専攻
さまざまな分野のプロフェッショナルが所属する豊田中央研究所では、
異分野間の対話を通して、既成概念を越えた新しい研究テーマが生まれることがあります。
ここでは、4人の研究者による3組の異分野融合プロジェクトについて語っていただきました。
異分野の材料と測定装置が出会い、
世界最高の結果が生まれた。
3人が別々に伊藤さんとタッグを組み、3つのプロジェクトが生まれたとのことですが。
- 伊藤
- 私は現在、ナノスケールの物理現象を使った熱と光のコントロールについて研究しています。熱や光をコントロールできれば、自動車に搭載された太陽電池の性能を向上させたり、エンジンの排熱をマネジメントしたりすることにつながります。豊田中央研究所には、多様な分野の研究者が集まっているので、ちょっとした会話の機会を通じて、同じことに興味のある方、面白い材料を使っている方との接点が生まれやすく、コラボレーションにつながりました。
- 西川
- 2011年頃から、伊藤さんと私は、全く異なる手法でそれぞれ熱ダイオードを狙っていました。伊藤さんとは同じ社員寮だった頃からの友人で、熱のコントロールについて、たびたび議論していたんです。私は二酸化バナジウム(VO2)を使った熱伝導型熱ダイオードの検討を進めていましたが、熱伝導度の制御がとても難しくて困っていました。ある日、伊藤さんが「では、熱輻射型ならどうか」と提案してくれたんです。
- 伊藤
- 熱伝導型と熱輻射型では、目標への道のりも違えば、原理もターゲットも異なります。しかし、実はVO2は熱輻射とも相性が良いのではないかということが、ディスカッションを通じて見えてきました。西川さんの熱伝導型で検討していたVO2薄膜を使ってデバイスを製作し、私が作成した熱輻射測定装置で測ってみたら、世界最高の熱整流特性を示すデータが出ました。びっくりしましたね。
- 西川
- 研究開始から1週間ほどで決定的なデータが出て、驚きましたね。一気に研究のスピードが上がりました。この「二酸化バナジウムの相転移を利用した輻射型熱ダイオード」と、もう一つ、新しい概念である「熱メモリの実証」の研究を伊藤さんとともにおこない、共著で論文にまとめました。一旦、2人の協業としては終了しましたが、今後、さらなる発展を考えていきたいですね。
分野が異なるプロフェッショナルの意見をぶつけて、誰も知らない新構造を見出す。
池田さんは、この4人の中で唯一、要素研究部門※1の研究者ですね。
- 池田
- 私は普段はエンジンの構造解析などの研究をしています。次世代自動車における動力源の一つとして、熱光起電力発電に着目していました。あるときバレー部の先輩とのスキー旅行の車中で、先輩の同期である伊藤さんと知り合い、お互いに熱光起電力発電について興味があるとわかって話が盛り上がりました。伊藤さんとともに所内のプレフロンティアテーマ提案制度※2にテーマ提案して採用に至り、議論を重ねることになりました。
- 伊藤
- 高温物体からの熱輻射を電力に変換する熱光起電力発電の理論計算手法を構築しながら、議論を重ねました。一番のポイントは、熱を光に変えるプロセス。明らかな指針が何もないところから、一緒に探索し続けました。結果的に、パワーと発電効率を大幅に向上できる新構造を見出し、論文にまとめることができました。
- 池田
- 普段、私は要素研究部門でモノに近い分野の研究をしています。グループ企業の製品開発に近いフェーズで受託研究を進めるケースも多いです。一方で、伊藤さんは戦略研究部門で、グループ企業が次にめざすべき事業に目線を置いている。その影響を受けて、目の前の課題解決だけでなく、先を見据えた研究に目を向けていきたいと思うようになりました。
- 伊藤
- 池田さんがすごいのは、5年後、10年後にはこういう性能が求められるから、現段階ではこのような技術を構築しておかなくてはと、数字で具体的にイメージされている点です。お互いに、自分の専門分野以外にも興味を持っていて、違いを乗り越えるために時間を見つけては何度もディスカッションを重ねました。それが自然とできる環境にあることは幸せなだと思いましたね。

※1 要素研究部門:豊田中央研究所は、二つの部門で構成されている。要素研究部門は、自動車産業や社会が直面している課題に取り組み、イノベーションをめざすセクション。戦略研究部門は、時代の一歩先を見つめ、トヨタグループの新事業創設に関わる研究を進めている。
※2 プレフロンティアテーマ提案制度:豊田中央研究所には、先駆的なテーマで世界のパイオニアになることを目指した、研究者提案型の「フロンティアテーマ提案制度」がある。採択されると、提案者はリーダーを任され、自らの研究グループを率いることができる。プレフロンティアテーマ提案制度はフロンティア提案の予備検討を目的としており、認められれば、テーマを業務の一部として実施することができる。
これまでの限界を打ち破るような
物理とバイオの融合をめざす。

※3 IDEA TALK:研究者が異分野の研究者に向けて、自らの研究内容をプレゼンテーションし、情報交換や交流を図る。戦略研究部門で定期的に開催される。毎回50~60人が参加し、気軽な雰囲気の中、従業員が互いに刺激を与えあっている。
池内さんはバイオ系の研究者ですが、物理系の伊藤さんと研究を進められているそうですね。
- 池内
- この中では、皆さんから一番遠い分野を専門にしています。大学では酵素の研究をしており、バイオ燃料の研究者として入社しました。現在は、自動車の次を見据えたトヨタグループの新規事業につながる研究をメインに進めています。伊藤さんとは、所内のIDEA TALK※3の開催時に、ともに発表者を務めたことがきっかけで、異分野融合を試みることになりました。
- 伊藤
- 分子生物学専門の池内さんのプレゼンテーションをお聞きして、「ナノバイオとナノフォトニクス」というキーワードで何かできないかと考えたんです。私たち2人と、化学とペプチド工学という、さらに異分野の研究者2人を加えた4人で進めています。リーダーは、池内さん。金曜日のランチミーティングや会議の場のセッティングもお任せしています。まだプレフロンティアテーマ提案制度に採択されたばかりで、これからブレストを重ねていく段階です。
-
- 池内
- ナノフォトニクスでの技術課題を生物の力で解決したり、思いもよらぬ光の利用法でバイオ分野の研究が加速したりするのは面白いですよね。2014年にノーベル化学賞を受賞した超解像度顕微鏡の開発は、バイオ分野でのニーズを物理学者や化学者が解決した、画期的な成果だと思います。我々の研究は、まだ詳しくご紹介できる段階ではありませんが、今は光で細胞を制御するという視点で話を進めています。
- 伊藤
- 先を見据えてみると乗り越えなければいけない大きな壁があり、異分野同士のアイデアで突破できないかと考えているんです。4人とも異分野なので、まずはお互いの言葉をすり合わせて、議論を成立させるというスタートポイントに立つことが大切です。
異分野間の言葉の違い、
スケール感の違いをいかに乗り越えるか。


異分野との協業によって、どんな違いを感じ、どのように埋めていったのでしょうか。
- 池内
- 研究のスピード感の違いはありますね。生物系の研究では、どうしても生き物のリズムに合わせなければいけないので、伊藤さんの分野からみると少しゆっくりに感じるかもしれませんね。また、異分野間では、同じ言葉でも意味が違ったり、受け取る感覚が違ったりすることもあるので要注意です。反応が速い・遅いとか対象が大きい・小さいとかの感覚の違いが分かってくると、会話がスムーズになり、より深い議論ができるようになると思っています。
- 池田
- 私の場合は、光に関する知識があまりなかったため、熱光起電力発電の検討をはじめた当初は基礎的な専門用語がよくわかりませんでした。先行論文のキャッチアップや議論などを通して一つひとつ知識や経験を増やし、検討に必要な力をつけていきました。おかげで、今では随分、理解できるようになったと思います。
- 伊藤
- 異分野間でディスカッションしていると、相手がその発言を「できる」と思って言っているのか、夢物語のレベルで語っているのかが、最初はわからないんですよね。つまり、私にとっては、「ぶっとんだアイデア」に聞こえても、相手にとっては明日にでも可能なことなのかもしれない。それほどの乖離があります。一方で、異分野からの一見無茶ぶりに思える意見が、自分の思い込みを打ち破るヒントになることもあります。
- 西川
- 私の場合、伊藤さんとは一緒にやる前からよく話していたこともあり、スピーディに結果が出たのだと思います。私が研究を進めていた材料と、伊藤さんのつくった測定装置がうまくはまり、相乗効果につながりました。今回、皆さんが新たな異分野間融合に挑戦されていると知り、非常に触発されました。さらなる異分野の研究者を交えたテーマも考えてみたいですね。
今日のお話を、今後にどのようにつなげていきたいですか。
- 池田
- 他のプロジェクトについてお聞きしていると、自分の研究に対してもとても刺激になります。分野の垣根を越えておこなう協業は、最初は相手の考えがなかなか理解しにくいこともあり、勇気のいる挑戦だと思います。でも、大きな成果を得るためには有効な手段です。私も、もっとさまざまな分野の研究者に相談してみようと思いました。
- 西川
- 世の中にまだない新しいモノを創り出すなら、たとえしんどくても、離れた分野との融合に挑戦するだけの意義がありますね。研究者・技術者がそれぞれ一番の強みを持ち寄り、ぶつけ合って、世界初の成果を狙ってみたいですね。
- 池内
- 成果という点で考えると、私の場合はまだまったく先が見えていません。言葉の共有も、やっと1割程度進んだところです。でも、しっかりと論文に結びつく成果を出し、最終的には世の中の役に立つ技術を作っていきたいと改めて感じました。
- 伊藤
- 池内さんたちとバイオで構造体をつくり、それに西川さんの機能性薄膜を組み合わせて、池田さんが進めているエンジン制御につなげる、なんて協業ができたら面白いですね。今から議論しましょうか。この4人でテーマ提案してみたいですね。