交通渋滞緩和を目的とした
北京市交通委員会との
実証実験に参加。

もともとドライブが好きで長年の趣味です。自動車産業に関わる人にはクルマ好きが多いものですが、私の興味は「道路」です。学生時代には大学のあった京都から北海道まで、高速道路を一切利用せずに一般道だけを走る旅を楽しみました。当研究所へ入社した当初は、車車間通信技術に関する研究開発に従事していましたが、2009年に自ら希望して、「都市・交通」分野に異動し、交通シミュレータを用いた交通施策の提案や評価に携わるようになりました。
交通シミュレータは、コンピュータ上に道路とクルマの流れを再現するシステムです。たとえば大規模なイベントなどを開催する際の交通流を予測し、渋滞緩和のための交通規制や駐車場・道路建設などに役立てています。
2013年、交通シミュレータを活用して、トヨタ自動車が北京市交通委員会とともに実証実験プロジェクトを実施することになりました。北京市の渋滞緩和がテーマです。私もプロジェクトの一員として、トヨタ自動車に出向して中国に駐在しました。ETCの普及を促進したいという北京市の意向を反映し、希望する市民に車載ポータブルナビとETC車載機を一体化したETC端末を提供して、渋滞緩和への有用性を検証しました。

人間の行動を
シミュレーションする難しさに
直面して得た「気づき」。

北京市との都市や交通に関するプロジェクトでは、自治体や政府との連携が不可欠であると学ぶ機会となりました。また、実験を経て「人間の行動や意思は、あまりに複雑で想定通りにはならない」という、その後の研究の核となる前提への気づきにもつながりました。たとえば、自動車を扱う研究であれば、エンジンやボディなどの部品の特性を入力すれば、コンピュータによるシミュレーションで実物の動きが再現できます。しかし、そこに「人」の要素が入ってくると、現実とは全く異なる結果を示すことがあります。人間の行動原理をどのように捉えればよいのか、一から学ぶ必要があると実感しました。
帰国後は、1~2ヶ月に一度のペースで、経済学の基礎的な考え方として知られるゲーム理論を専門的に研究している英国のサウサンプトン大学の研究チームを訪れて勉強しました。現在は、ゲーム理論の一つの分野であるメカニズムデザインを交通分野に応用することができれば、人の行動に則した交通施策につなげられるのではないかと考え、大学と連携しながら研究を進めており、博士号の取得も目指しています。

人にとってハッピーな
交通社会を実現するために。

私の所属する戦略研究部門の社会システム研究領域は、大きく二つの方向を目指しています。一つはサイエンス。もう一つが、トヨタグループ企業の新事業のコアを創造していく試みです。都市・交通システムデザインプログラムでは、この新事業の創出に挑んでいます。
新事業であるからには、何らかの新しい価値を社会に提供しなくてはなりません。交通の未来は、「自動運転化」と「シェア化」が進むと考えられています。完全に自動運転化された世界では、車の運転ができない人や、極端に言えば小学生でもクルマに乗ることができるでしょう。また、行先まで辿り着いたらクルマは勝手に帰っていきますから、駐車の概念も変わります。このように、自動運転化が進めば、移動の場で生み出される価値や社会の仕組みは一変します。
交通の課題はこれまで、渋滞など負の面を解消するという視点で考えられてきました。しかし、自動運転化が実現した社会では、出かけてから帰宅するまでに使う時間をいかにハッピーにするか、つまり、移動の価値を最大化するサービスの設計が必要とされるでしょう。人は「移動」や「都市」に何を求めているのか。これからも追求していきたいと思います。

ある日のスケジュール

高速道路より一般の“下道”を好んでドライブするのは学生時代から変わらない。今後は、「遅い交通」の価値にも着目したいと考えている。根本的に道路好きであるうえに、研究によって導き出された理論を重ね合わすことで新たな発見につながることもあり、趣味と研究が相乗効果で面白くなる。

※記事の内容は取材当時のものです。

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